音楽の語源
前回は音楽の”起”源について見てみました。今回は音楽の”語”源についてみてみたいと思います。語源を探ることで、その言葉、その事象が元々持っていた意味を知ることができます。そして、語源を探ると、大抵古代ギリシャ時代のことまでさかのぼることになります。古代ギリシャ語が語源の言葉がとても多いのですね。今回の音楽についても同じです。それでは早速見ていきましょう。
ムーシケー
ムーシケーは古代ギリシャ語です。英語のミュージックという言葉への影響を少し感じる言葉ですね。ミュージックの語源がムーシケーです。この言葉は、太陽神アポロンに仕える女神の「ムーサ」達のつかさどる技芸といった意味だそうです。
ムーサは複数いるらしく、ヘシオドスの「神統記」のなかで9人が歌ったり踊ったりしていたそうです。ムーサ達が歌い、踊る行為が「ムーシケー」ということです。ここからわかるのは、ムーシケーという単語が示すものは、①詩(歌)、②音楽、③舞踏ということです。少なくともこの3つは、ムーシケーの意味と言えるでしょう。
3つとは言ったものの、のちには演劇、文芸、天文学、医学、教育学といった様々なものを含んだ広い概念の言葉となります。
様々なものを含んだ概念となった理由についてみてみたいと思います。
その前に、みなさんは音楽は感情を表現するためのものだと思いますか? 芸術作品が作者の感情を表現するといった考え方は、わりと最近になってからです。ただ、作者個人といったものを抜きにし、感情の表現をするためのものという考え方は、古代ギリシャ時代からすでにあったものだといえます。
感情と知的好奇心
ここでひとつ面白い神話を紹介します。アウロスとリラの話です。
英雄ペルセウスが女怪メドゥーサの首を切り落とした時に、そのメドゥーサの姉妹が激しく嘆き悲しみました。その嘆きの情念に女神アテナが客観的な形を与えるために発明したものがアウロスです。いわゆる管楽器だったようです。
ヘルメスがアポロンのもとから盗んだ牛の腸とカメの甲羅によって7弦のリラを作りました。ヘルメスは複数の音が同時に鳴るとどうなるかを知りたくて仕方なかったということです。このリラはアポロンに譲られ、アポロンの楽器となったそうです。
この2つの神話から言えることは、音楽には2つの側面があるということです。アウロスは感情を表現するための楽器となり、リラは知的好奇心から生まれて、調和を探求するための楽器となりました。
この調和を探求するということは古代ギリシャ時代において、とても重要なことです。
宇宙では音楽が鳴っている?
古代ギリシャのピュタゴラス学派は、数理的原理がこの世の中のもの全てにあると考えました。宇宙、物質、魂、全てに調和があり、数比で表すことができると考えたのです。音楽もこれの通りで、モノコルドの長さと音の高さは比例関係にあり、オクターブは2:1、完全5度は3:2、完全4度は4:3、いったように綺麗な数比で表せます。ちなみにモノコルドは、一本の弦を張り、駒を動かし、長さを変えることで音の高さを変える楽器のことです。
音楽の度数については、こちらの記事をみると理解が深まると思います。
音楽が綺麗な数比で表せるということは、宇宙や人間精神の構造を相似的に反映していると彼らは考えました。
宇宙全体に数理的な秩序があるということは、宇宙では壮大な音楽がなっているはずだということになります。
宇宙で音楽が鳴っているとは思えませんが、ムーシケーの概念に天文学が含まれたのはこういった考えが影響しているようです。ちなみに、この宇宙でなっている音楽は、人間の魂が完全なものではないので、聞こえないという考え方があったそうです。
カタルシス
カタルシスは浄化といった意味です。古代ギリシャの考え方で、悲劇を見ることでカタルシスが起こり、魂が浄化されるというものがあります。この浄化によって心身の健康が回復するということです。これは一種の医学とも言えるものです。ムーシケーの概念に医学が含まれているのはこのことが関連しているようです。
魂を高めるために
古代ギリシャのプラトンは「国家」のなかで教育の重要性について述べています。そして、重要視されるのが体育と音楽だということです。先ほどの数比の探求の話からもわかるように、魂の徳を育成する手段として音楽を捉えていたということです。教育がムーシケーの概念に含まれるのはこういった理由からのようです。
中世へ
先述した様々な概念を包括してしまったムーシケーですが、中世にその思想は受け継がれます。中世のボエティウスは音楽を三つに分類しました。
- ムシカ・ムンダーナ
- ムシカ・フマーナ
- ムシカ・インストゥルメンタリス
ムンダーナは宇宙の調和、フマーナは人間の音楽(精神の調和のこと)、インストゥルメンタリスは道具の音楽(今日の一般的な音楽のこと)です。
一般的な音楽へ
ムーシケーの概念について述べて参りましたが、実は古代ギリシャ時代からすでにムーシケーの概念は解体の兆しがあったそうです。数比や魂の調和などを追求していたはずの音楽でしたが、次第に耳に心地よい音楽を追求するようになっていくのです。音楽は音の構成による芸術に変わっていくのです。
ルネサンスが来ようとする頃は、道具の音楽についてだけ論じられるようになっていきます。耳に聞こえない宇宙の音楽や魂の調和などは関係なく、耳に聞こえるものだけを扱う音楽理論家も出てくるようです。ルネサンス時代になり、音楽は正しく奏でる技術という認識が一般的になります。これは今日にまでつながる音楽観ですね。
まとめ
ムーシケーは広い概念になりましたが、やがてそれは狭まっていき、音楽、とりわけ音を楽しむ芸術とみなされるようになっていきました。今では音楽が数学と関係していたという事実も知らない人が多いのではないでしょうか? そして魂を高めるために用いられていた音楽の存在も……。ただ、クラシック音楽の歴史を追っていけば、現代にも音楽をいろんなふうに探求していく様子がみてとれます。ある意味、古代ギリシャ時代に戻ったかのように私には感じられます。それは後ほどみていくとして、今回は、音楽の語源、「ムーシケー」についてみていきました。
参考にした文献はこちらです。保育士試験の予想問題集も貼っておきますね。
ご自身で読まれると、もっと理解が深まると思いますよ。
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